投資哲学を求めて
- お金を正しく稼ぐって何だ?
- あなたのお金が誰かの命を奪うかもしれない
- お金よりも価値観が大事
- ダメでも仕事を続ける意味がある
- 人よりお金を儲けたいと思うのはなぜ?
- 明るい未来を思い描いて
- 投資家のみなさん、遺書になんて書きますか?
- それはアメリカの投資理論だから…
- 長期投資の「長期」ってどれくらい?
- 投資リターンは人生のオマケ
だいぶ昔にはやった、ジェームズ・アレン「原因と結果の法則」の
ベーシック版なる新書サイズの本があったので読んでみた。
このところ投資哲学はもちろん人生哲学の形成には、まず人の幸せとは何か?
これを自分の中で、はっきりさせる必要があるんじゃないかな?と考えてる。
ベストセラーなれど、このマイブームにはピンとこない内容だなぁ。
「喜びとお金は、お金が正しく稼がれ、正しくもちいられたときにだけ、ひとつになります。」(P35)
言いたいことはよく分かる。でも「正しく」の程度がよく分からないな…。
大ざっぱな表現をすれば、株式市場はストレス解消目的に利用する人から、
財産を形成したい投資家へお金が移動する。それで完結するようなところもある。
もちろん景気や年金に影響はあるけど、参加者以外の人に深刻な影響はない。
でも、オルタナティブ投資ってのは、伝統的な株式や債券とは性格が違い、
投資に全く関わっていない一般人の生活に影響が及んでしまう。
ちと前置きが長くなったけど、商品市場、特に穀物の高騰を問題視してるわけ。
ドルの信用力が低下したから、リスク回避のために商品市場へお金が流れてる。
なんて説明がなされるけど、そのせいで食べ物の値段が上がっちゃって、
貧しい国の人たちは食べるものに困ってる。食糧危機の寸前のとこだよ。
商品投資で回避されたリスクが、なんと貧しい国へ生命のリスクとしてかぶさった!
先ごろ金融商品取引法が改正され、個人投資家でもETFなどを通じて、
簡単に商品市場へ投資ができるようになるだろう。でもちょっと待って。
あなたが投じたお金が地球のどこかで誰かの命を奪うかもしれない。
そこまでして自らの投資リスク分散を図ることは人として正しいのか?
今まさに投資家の品格や良心が問われている!
ヘッジファンドのデータから、リターンやボラティリティからすると、
MSCI World や S&P500 よりも優秀かもしれないことは分かった。
でも、ふと奇妙な違和感に襲われる。何かがおかしい。。。
最近「人よりお金を儲けたいと思うのはなぜ?」と言葉にしてみたおかげかな。
ヘッジファンドへの投資は、きっと儲けることだけが目的の投資になってしまう。
今週の「爆笑問題のニッポンの教養」が特に面白かった(来週再放送あり)。
落語・千両みかんの話とか、自分の中に確かな価値観がなければ、
何が本当に大切なのか、だんだん訳が分からなくなっていく。
そして価値と価値の間では、必ずお金を経由するから、知らず知らずのうちに、
お金こそが一番価値があるもののように思えてきてしまう。。。
ショーペンハウアー「幸福について−人生論−」より
「人生の幸福にとっては、われわれのあり方、すなわち人柄こそ、文句なしに第一の要件であり、最も本質的に重要なものである。
現実の自然な欲望を満足させる以外に、富によってなしうることといえば、われわれの本当の幸福感にとっては影響の少ないことばかりで、むしろ大きな財産の維持のために不可避的に生ずる数々の心労のために、かえって幸福感が損なわれるくらいである。」
決算書だけで判断すると、仕事を続ける意味が感じられない場合がある。
メインだと思い込んでいる赤字事業をやめて、不動産賃貸業に専念していれば、
働かなくても今よりも高い収入が得られる。そんな中小企業とよく出会う。
でもみんな分かっているけどやめられない。それはなぜ?
その理由を思いっきり後ろ向きに考えてみる。
仕事をしていれば、
・何をすべきか自分で決めなくても、1日のほとんどの時間を消費できるから
・休みの日になった時に、休みがより楽しく感じられるから
株式投資でお金を儲けたい理由に、早く仕事を辞めたいから、という人がいる。
こんな人が、運よくお金を手にして早期リタイアできたとしても、
たまらなく退屈で、仕事をしていた方が幸せだったことに気づくのだろう。
仕事を辞めても楽しく生きられる人は、結局仕事のできる人なのさ。あ〜難しい!
私は初め「これ以上、世の中から馬鹿にされるのはゴメンだ」という気持ちから。
高校卒業までは「将来が楽しみ」と先生を始めたくさんの人達に称賛されたけど、
大学入学からは坂道を転がるように転落。まぁ、私自身のバブル崩壊ってとこ。
そこで「儲けたお金こそが頭の良さの象徴だ!」と、投資の世界にやってきた。
典型的な現代人が金で手に入れたがっているものは、もっと金をもうけることで、その目的はと言えば、見せびらかし、豪勢さ、これまで対等であった人たちを追い越すことである。(バートランド・ラッセル「幸福論」)
妙に力が入っていたこの時期は、逆に損しただけ、さらに愚かさをさらした。
その後、24歳になるちょっと前に、ようやく自分に諦めがついてね。
でも人生不思議なもの。その頃から投資に限らず良いことばかりみたいに思える。
そんな流れから学んだことは、
・お金は、過度にお金を欲しがる人を嫌って、寄ってこない
・何かと競争して勝つってことは、人の幸福とは関係のないこと
ってとこかな。
最後に、こんなことを考えているうちに、自分でも答えれなくなった問い。
株式投資でお金を儲けたいって思うのなぜですか? >>>続く?
株式投資を通じて企業、そして世の中の未来を予想し、何度も裏切られてしまうと、
あまり将来のことを考えても、意味ないんじゃない?感じるかもしれない。
たしかに、将来を精緻に思い描いたからといって、当たるものでもない。
また、あんまり先を見つめても、自分の存在が消えてなくなってしまうから、
人は元々未来を考えるのが好きじゃないし、予想しても当たらないのかも。
でもね、未来にどんな想いを抱くのかって、とても重要だと思うんだ。。
未来に対して、明るい気持ちなのか、暗い気持ちなのか、それによって
日々の姿勢も変わるだろうし、その積み重ねが人の未来を形成するのかも。。
企業に投資するってことは、明るい未来を信じているってことだよね。
投資を続けていれば、気持ちが自然と前を向く。だから投資は楽しい♪
言っとくけど老けすぎたから遺書を書こうって訳じゃないからね(笑)
なんの罰ゲームでこういう話になったのか、もう忘れてしまったけど、
「今年中に結婚しなかったら、きゅうりフルコースの刑」を宣告されている。
きゅうりを大の苦手とし、オマケに恋愛経験すらない私にとって死刑宣告。
今年はたくさん投資をしたのに、死後すぐ売られては困るから遺書が必要?
とふざけていたものの、これが意外に重要な意味を持っていたりする。
30年前に亡くなった祖父も投資家だったが、子供に投資家はいなかった。
したがって相続後、株式はすぐに現金化されてしまったのだ。
最近、相続税の申告書を見る機会があったが、もし持ち続けていれば。。。
自分が死んだら運用終了じゃ投資家として何だか寂しい感じがして、
運用期間を決めるのは、死生観みたいなのも絡めて考えなきゃ、みたいな。
なんとなく今読んでる、ミルトン・フリードマン「資本主義と自由」から
「自分を本当に説得できるのは自分だけである。暇をみつけては問題点をじっくり検討し、いろいろな意見を考慮に入れ、煮詰めていくことが必要だ。漠然と選んだ考えを確信に昇華させるには、そうして長い時間をかけなければならない。」
この話はいわば投資家としての集大成のようなもので時間かかりそう。
ふと考えると、バフェットからの手紙は、バフェットさんの死後、
バークシャー・ハサウェイの後を継ぐ者へのメッセージとしても重要だ。
だから、とりあえずブログに脳の破片をバラまいとくのも大事なんだろう。
私たち日本人の投資家が株式投資について学ぼう考えると、
バートン・マルキール、チャールズ・エリス、ジョン・ボーグル、
ジェレミー・シーゲルあたりの書いた本は、誰もが共通して手に取る。
でもみんな主にアメリカ市場を分析した結果を語ってるよね。
だから、それを学んだ私たちは、長期・分散投資で成果をあげるためには、
日本市場もアメリカにならってこうあるべきだ、とついつい思い込みがち。
それでいいのかな?と変な疑問を持ってみる。
日本は外から取り入れたものを日本流に変換してしまう不思議な国。
代表的なのは日本語。文字のなかった日本は、中国から漢字を取り入れ、
漢字の画数減らして書きやすくしたり、漢字をくずしてひらがな作ったり、
元の中国漢字とはずいぶんかけ離れた形で使われている。
さらに近年PC普及後は、日本語をアルファベット(ローマ字)打ち。
こんな国だから、アメリカ市場と同じ姿を日本に求めるのは無理があるかも。
金融市場が落ち着いてしまって暇だから、妙なことに頭を使う今日この頃。
今年はたくさん種まきをしている。放っておけばそのうち芽が出るだろうと。
ふと疑問に思う。実りの時を迎えたら、私はそれを刈り取るのだろうか?
そもそも何をもって実りの時とするのか? いわゆる出口戦略がなんにもない。
結局のところ、長期投資の「長期」はイコール「永久」なんだろうか?
バフェットさんは「死が二人を別つまで」保有なんて言ってるけど、
そしたら、長期投資が死後に遺す財産を選ぶ行為になってしまう。なんか暗いぞ。
分散投資か集中投資か、なんてどっちでもいい話なのになぁ、としみじみ思う。
「運用手法やリターンの違いより大切なもの」って書いたりもしたけど、
ムキになって高リターン追い求めても、人生楽しくないと思うんだ。
それに例えば、富裕層に「あなたはどういう投資スタイルで成功しましたか?」
なんて質問したって、何言ってんだこの人?って思われるだけじゃないかな。
富裕層の多くは、仕事や事業等で成功したか、もともと資産家、ってとこでしょ。
最近は、株式投資でお金持ちに♪、って考えもほとんどなくなった。
私が尊敬する世界一のお金持ち、バフェットさんは純粋な投資家ではないから。
子供の頃からビジネスセンスを発揮し、経営者としても優れている。
そして何より、会社の所有と経営の一致を追求したことが成功の秘訣だと思う。
だから考え方を参考にすることはできても、同じ道は歩むことはできない。
投資リターンは人生のオマケにすぎない。
投資リターンに対して熱くなればなるほど、お金は遠ざかって行くだろう。
でも、資産運用の世界は学びの宝庫であることは間違いない。熱く学ぶべし!
それぞれが好きなように楽しんで、人生がより豊かになればそれでいい。


